OMOI-KOMI - 我流の作法 -

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〔アニメ〕 るろうに剣心 -明治剣客浪漫譚- 新京都編


 

 2011年の劇場公開に始まる日本のアニメ作品です。

 原作コミックでの「京都編」をリメイクしたもので、OVA(Original Video Animation)として制作されました。

 このパートは、この作品の前にTVアニメシリーズとしても放映されましたし、このあと実写版の映画も公開されたので、いろいろな表現形式で楽しむことができます。

 それらのいくつかのパターンの中で、この作品は、物語のボリュームも適度に絞り込まれていて私は好みです。アニメの出来としても、キャラクターデザインや背景の表現が洗練されていて秀逸だと思います。

 

 

〔アニメ〕 劇場版総集編 呪術廻戦 懐玉・玉折


 

 2025年に公開された日本のアニメ映画です。

 「呪術廻戦」のテレビアニメ第2期の「懐玉・玉折」(第25話 - 第29話)の総集編を劇場アニメ第2作として仕立て直した作品です。

 ストーリーは、物語全体の一部を切り出したものなので、原作のコミックかテレビアニメを踏まえないと、エピソードの背景や登場人物の関係性は理解できないでしょう。

 とはいえ、アニメ映画としてはそれなりに楽しめます。
 もともとテレビアニメとしての「呪術廻戦」自体、映像的には高水準にあったのですが、「劇場用」としてさらにレベルアップしていますし、音楽のセンスも秀逸です。

 

 

久米宏です。ニュースステーションはザ・ベストテンだった (久米 宏)


 2026年〈令和8年〉1月1日にご逝去された久米宏さん “書き下ろし自叙伝” です。

 ちょっと前(2017年)に刊行された本ですが、久米さんを悼むSNSの投稿で、その人となりを偲ぶ著作として紹介されていました。

 私は、久米さんがTBSアナウンサーとして活躍していたころから、「ザ・ベストテン」「ぴったしカン・カン」「ニュースステーション」・・・と同時代をともにしたファンとして注目し続けていたのですが、今般の訃報にあたり、改めて久米さんの歩んで来られた足跡を少しでも辿ってみようと手に取った次第です。

 内容は想像していたとおりとても刺激的で、久米さんの人柄を思うに然もありなんといったエピソードが数多く紹介されていました。
 それらの中から特に印象に残ったところをいくつか書き留めておきましょう。

 まずは、「第三章 生放送は暴走する」から。
 久米さんは、1967年TBSにアナウンサーとして入社、最初の仕事場はラジオでした。その後、テレビ番組「ぴったしカンカン」「料理天国」、そして伝説の歌番組「ザ・ベストテン」の司会を経て、1979年にフリーとなりました。
 目指したのは、テレビという映像媒体の特性を活かした新たなスタイルのニュース番組でした。

(p127より引用) 放送はモノを生み出すことはできない。できるのは考え方や感じ方、生き方の小さなヒントを伝えること、そして視聴者に少しでも得をしたと感じてもらうことくらいだ。放送という世界に携わった以上、世の中の役に立つ番組にするという青臭い目標を失ってはいけないと思う。
 問題は何をもって「役に立つ」とするか。僕が理想として思い描くのは「誰もが自由にものを言える社会」だ。

 当時の久米さんが抱いていた “放送人” としての想いです。

 それを具現化しようとした最初の番組が、横山やすしさんと生放送で挑んだ「久米宏のTVスクランブル」でした。この「TVスクランブル」の放送と並行して、「ニュースステーション」の企画が練られていきました。

 そして、「ニュースステーション」
 その斬新な構成に加えて、ニュースやインタービューを受けての久米さんの “ひと言” が大きく話題になりました。
 「ニュースを伝える立場」ではなく「ニュースを見る立場」を起点に、自らをキャスターというより “視聴者代表の司会者” と位置づけた久米さん。その発するコメントの意味をこう語っています。

(p217より引用) それはもちろん、「何をバカなことを言ってるんだ!」という反発を招く危険性が常にある。でも僕のコメントによって、テレビを見る側に何か反応が生じればそれでいい
 「あの久米でさえこれだけ言うのだから、自分ももっと発言していいはずだ」
 黙って見ているだけではなく、自分も言う、あいつも言う。周りの言うとおりに右や左を向いたりせずに自分個人の意見を言う。そういう空気をつくることこそ、僕がコメントに込めた思いだった。

 計算ずくのコメントは、 “ニュースステーション(=久米さん)が発するメッセージ” として しっかりと視聴者に届いていました。コメントの対象者からの反応・反発がその証左です。

 さらに、「第六章 ニュース番組の使命」の章では、こうも語っています。

(p235より引用) 枠にとらわれないといっても、ニュース番組である限りキャスターのコメントには一つの方向性が必要だ。どこに軸を置くか。ひと言でいえば、それは「反権力」だ。

 “メディアの役割は権力のチェック” だと言い切る久米さん。さらに言葉は続きます。

(p235より引用) メディア、特にテレビや新聞報道の使命とは、時の権力を批判すること以外にはないと僕は信じている。マスメディアが体制と同じ位置に立てば、その国が亡びの道を歩むことは、第二次世界大戦時の大本営発表を例に出すまでもなく歴史が証明している。現政権がどんな政権であろうが、それにおもねるメディアは消えていくべきだ。
 マスメディアは行政・立法・司法機関を監視し批判することが最大の仕事となる。もちろん、マスメディアも「第四の権力」として権力の一翼を担っていると言われれば否定はできない。だから批判は時に自身にも向けられなければならない。

 「反権力」、まさにこの最も堅持すべき基軸が、今のマスメディアに絶望的に欠落しているのです。

 「ニュースステーション」は、番組として “中立性” を保とうとはしませんでした。社会全体で、“時の権力” とバランスをとるべく ”反権力” という立ち位置を標榜しました。
 これは、もちろん久米さんの想いによるところが大きいのですが、当時の放送関係者、制作スタッフ、出演者の方々・・・同じ想いを抱いたみなさんの信念が実現させた偉業でした。

 今、オールドメディアと揶揄される「新聞」「テレビ」ですが、その存在価値の沈潜は、メディアの形式が古いからではありません。
 それは “メディアたる本質” を自己否定したが故であり、 そこに何の「覚悟」も感じられないからでしょう。

 

 

〔映画〕 ミッション:インポッシブル/ファイナル・レコニング


 

 2025年に公開されたアメリカ映画です。

 トム・クルーズが主演の人気アクション映画『ミッション:インポッシブル』シリーズの第8作目。前作の「 ミッション:インポッシブル/デッドレコニング PART ONE」の続編であり、シリーズ最終作です。

 ただ、背負った期待が大き過ぎたのか、出来栄えは、幕引きの作品としては正直なところ物足りなさMAXでした。

 まずは、主人公が立ち向かう危機にリアリティがないこと、それを防ぐ手段がショボいこと。さらに、このシリーズの最大の売りであるアクションシーンに全く新規性が感じられなかったことは、この手の作品では致命的です。

 また、キャスティング面でも、敵役のキャラクターに華がなかったことに加え、ヒロインの注目度も、以前の作品でのタンディ・ニュートンやレベッカ・ファーガソンのインパクトが強すぎたのか、本作のヘイリー・アトウェルやポム・クレメンティエフには少々荷が重かったようです。

 

 

成瀬は都を駆け抜ける (宮島 未奈)

 

 「成瀬は天下を取りにいく」「成瀬は信じた道をいく」に続く “成瀬シリーズ” の「完結編」とのこと。前二作も読んだ行きがかり上、勢いで手に取ってみました。

 この宮島未奈さんの人気シリーズ、主人公の「成瀬あかり」さんのキャラクタ設定がヒットの要因の9割方(滋賀というレアな舞台設定が残りの1割?)を占めているのですが、この完結篇でも彼女の “とんがり具合” は不変でした。

 とはいえ、さすがの “超人気シリーズ” もそのパワーを爆発させ続けるのはなかなか難しいようですね。

 主人公の強烈な個性を軸に展開される新発想のエピソードも少々息切れ感が否めず、加えて、登場人物の性格や主人公との関係性等、前2作を読んでいないと今ひとつ楽しみ切れないところが多々あって、(シリーズものの性とはいえ)何とも残念な出来栄えでした。

 

 

筒井康隆自伝 (筒井 康隆)

 

 いつも利用している図書館の新着本リストで目についたので手に取ってみました。

 筒井康隆さんの著作は、「日本以外全部沈没」「カーテンコール」等をはじめ何冊か読んでいます。私の記憶の中の筒井さんといえば、中学生時代、星新一さんと並ぶショートショートの名手でした。

 本書は、執筆当時91歳の筒井さんの自伝です。
 「この自伝は極力、自分が見聞きし体験したことに限っている。」ということですが、生まれて最初の記憶から縷々綴られたエピソードの堆積はとても濃密です。ここまで細かく年少のころからの友人たち、所縁の人々のプロフィールや彼ら彼女らとの思い出を語れるとは驚きでした。

 ただ、文筆活動に入って以降の内容は、書籍。演劇、映画などなど、多才な筒井さんの作品リストと寸評の大行列でした。

 それはそれで大変興味深いものだったのですが、私としては、筒井さんの生き様そのもののエピソードを期待していたので、正直、かなり残念な著作でしたね。

 

 

新装版 青い壺 (有吉 佐和子)


 以前勤めていた会社でお付き合いのあった方がSNSで紹介していました。

 考えてみれば有吉佐和子さんの作品は読んだことがないんですね。
 今さらという感じでしたが、気になっていつもの図書館で予約してみたところ、なんと待ち行列で157番目。かなり古い本なのにどうして?と思ったのですが、一昨年(2024年)暮れに、NHK総合「おはよう日本」やNHK Eテレ「100分de名著」で取り上げられたせいなのでしょう。

 小説なのでネタバレにならないよう詳細な内容には触れませんが、一言でいえば、秀逸で品のある “エンターテインメント作品” です。

 微妙に関係づけられた13のストーリーのすべてで発揮された、“語り口”の描き分けによる心理描写の巧みさには自然なリアリティが感じられて、とても面白く読み進めることができました。

 何らかの “小物” をもって、それにまつわる様々なエピソードや人間関係を描くという構成自体は決して目新しいものではありませんが、この作品は、そのエピソードの設定が巧みで、加えて、次々に登場する多彩なキャラクターや、その各々が醸し出す時代感、生活感の描写が見事でした。

 このまま、全13話の「連続ドラマ」に仕立てられますね。